福岡ジョブサポートの生みの親の一人、久保理事がお亡くなりになりました。
 突然の訃報に大変驚きました。

 私たちが活動を始めた20数年前は、障がいのある多くの方々にとって、大人になっても働くことができず、家族と一緒に暮らすか、福祉施設に入所するかの選択肢しかありませんでした。障がいのない人のように、企業に就職して働いている人は少数で、就職のための支援も就職した後の支援もほとんどない中で、孤軍奮闘しておられる時代でした。

 そんな時代に、身体に障がいのある久保さんは、大きな企業で働いておられました。
 職場でのお立場や仕事の厳しさなどを具体的に話されたことはありませんでしたが、いくつもの障がい者団体などに属して、障がいのある人の社会参加促進のために活発に活動しておられましたから、障がいのある人が、企業の中で、障がいのない人たちと一緒に働き、社会の中で。いろんな人たちに交じって生きていくことが、たやすいことではないことを骨身にしみて感じておられたのだろうと想像します。

 1998年、上記のような背景の中で、私たちは下記のような思いを抱いて福岡ジョブサポート研究会を始め、途中から久保さんも参加されました。

〇「障がいがある」だけで、大人になっても福祉施設(当時は、入所施設が主流でした)で、暮らすしかないのはおかしい。
〇福祉施設にいる人の中には、施設を出て、企業や地域の中で働いて暮らせる人が、たくさんおられるのではないだろうか?
〇障がいのある人が、地域の中で働いて暮らすためには、何が必要なのだろうか?
福祉施設の中にはあるけど、地域の中にないものは何だろうか?
〇企業で働き、地域の中で暮らす障がいのある人が、もっと増えるにはどうしたらいいのだろうか?
〇障がい者を雇用する企業は、どんな不安を持っているのだろう?
〇障がいのある人が、企業や地域で働き暮らしていくために、私たちにできることは何だろうか?

 疑問を共有し、障がいのある方やご家族に向けてアンケート調査も実施して、ニーズは何か?私たちに何ができるだろうか?と、何度も話し合いを重ねましたが、そのコアのメンバー4人の中に、久保さんも入っておられました。

 「ともかく始めよう!」と、1999年12月に福祉作業所というカタチで、就労支援と自立支援を始めることにしましたが、当時企業で働いていた久保さんは、運営委員として参画していただくこととなり、その後、障害者自立支援法が施行されて、NPO法人化し、理事へと変化しましたが、障がい当事者として、時には厳しい意見も発言してくださるなど、ずっと福岡ジョブサポートを支えてくださいました。

 久保さん
 長い間福岡ジョブサポートを支え続けてくださりありがとうございました。
 ご自身が直面した困難や辛さが、後輩たちには少しでも軽減できるようにと頑張ってこられたことに、心からの敬意と感謝を申し上げます。
 久保さん
 出会った頃共有した疑問や怒りが、20数年を経て少しは改善できたと思いませんか?まだまだですけど・・・。