10年以上引きこもっていて、今は、仕事など社会の中で何らかの役目をもって生きていけるようになった30代~40代の息子・娘を持つお母さんを対象に、取材してまとめた本を読んでいて、ナナメの関係という言葉に惹かれました。

 ガチガチに固まってしまった親子関係や引きこもりの状態を打開するためには、
 「母親では、本人との関係が近すぎてダメなんです」
 「第3者が介入しないと動かないのです」
 「おじさんとかおばさんとか、ナナメの関係が効くのです」と、長く引きこもってきた中
高年の人たちが社会に出て行くキッカケを作り、社会への道筋をいっしょに開いてこられた専門家の言葉です。
 ・・・・なるほど、確かに・・・
 ナナメの関係って、昔はたくさんありました。
 おじさんおばさんも、父方母方それぞれにたくさんいましたし、近所のおじさんおばさんも結構家の中に入ってきていましたから、今思えば、親子という縦の関係よりもナナメの関係が幅を利かせていたように思います。
 父方のおじさんおばさんと母方のおじさんおばさんとは、関係は微妙に違っていましたし、同居しているおじさんおばさん、遠くに住んでいて時々会うおじさんおばさんとも、その色合いや距離感は違っていたことも思い出します。

 ナナメからの余計なお世話(口出し)も結構あって、いやだなあと思うことも多々ありましたが、今振り返ってみると、「余計なお世話だ!」と親子で共同戦線を張ることも多々あって、むしろ親子関係をよくする効き目もあったのかもしれませんし、親の愚痴を聞くことで、大人の複雑な関係を知ることにもなっていました。
 かつての地域社会の中では、人は生まれた時からいろんな人間関係の中で揉まれて育ってきたのです。
 怖い人と思っていた人が、何かの時にはとてもやさしい気づかいを見せてくれたとか、対立する二人の関係も、双方の話を聞くとそれぞれの立場では無理もないと思える思いがわかったとか、人や人間関係の複雑さを、ごく当たり前に浴びて育って大人になっていたのでした。
 ところが、ナナメの関係がどんどん減ってきて、高度成長期頃から、家庭の中はほぼ親子だけになってしまいました。
 おじさんおばさんと日常的に会うこともないし、近所づきあいもあいさつ程度では、上で言うナナメの関係にはなりません。
 めんどくさい「ナナメの関係」がない、縦の親子関係だけで育った人は、違う個性を持つ人々が複雑に絡み合った中で、折り合いをつけながら日常生活を営むという、人間関係スキルの訓練をされないまま社会に出て行くことになるので、複雑な人間関係が渦巻く社会の中でちょっとしたつまずきで傷ついてしまうことになるのでしょう。
 いろんな人や人間関係があって、誰もがその中で折り合いをつけて、なんとか暮らしているという感覚とそのスキルを、幼いながらも身に付けていた昔の子ども達と、生まれた時から圧倒的に強者である親という存在しか知らないで育った、今の子ども達とのコミュニケーション力の違いと考えると、呆然とします。

 もし、小さい時からいろんなナナメの関係を持てていたら、
 「誰でもつまづくことはある」「誰でも思うようにいかなくて落ち込む時がある」「カッコいいなと思っていた人も、カッコ悪いことをやってしまう時もある」「自分だけがダメではない」・・・ということが、受け止められると思うのです。
 日本の子ども達が、世界の子どもに比べて、自己肯定感が低いという調査結果をなども含め、ナナメの関係の乏しさがいろんな社会問題になっているように思います。
 今の子供や若い人たちにとって、ナナメの関係をどう創りだしたらよいのでしょう。