新聞やテレビのニュースで見ない日はない「虐待」。
 身体暴行や暴言、性的虐待、ネグレクト・・・などと名前が付けられ、社会の理解も進んだ結果、通報も増えているのでしょう。

 圧倒的に体力も知力もある親が、抵抗できない子供に対して、自分の気持の吐け口として虐待をする。そして、その力の差の自覚も吐け口にしているという自覚もなく、「しつけをしていた」「しつけのつもりだった」と主張する親・・・という構図の報道や記事。

 絶対無二の親から虐待され心身に傷を負った子ども、まして殺された子どもの悲惨さを考えると言葉もありません。
 ですが、「虐待する親がひどい奴だ」とだけで済ませられないのではないか、親だけで子育てができるはずがない、親は世間の「子育ては親の責任だ、こんなこともできないのか」という厳しい目を向けられて、孤立して苦しんでいるのではないだろうか?親だけで子育てしているから虐待が起こるのではないだろうか?と思うのです。

 未熟な赤ちゃんを「人間」に育てるのは、長い年月をかけた大事業です。
 そして、親は「子育て初心者」です。何人もの子どもを産み育てても、「その子ども」の親としては初心者です。
 毎日毎日24時間、1日も欠かさず続けなければならないのが子育てで、「子育て初心者」の親だけで、そんな大事業をできるはずがないと、3人の子育て経験者としては、実感をもって断言できます。
 初めての子どもと1日中2人っきりで過ごしてみて、これはアブナイ、自分だけでは無理だと悟り、近所のお母さんたちと子どもを預けたり預かったりなど、大袈裟に言えば、協働子育てを始めました。
 我が子との距離が取れたこと、よその子どもを見ることができたことなどで、何とか虐待などせずに育てられたのだと思います。
 近くにいなくても相談に乗ってくれたり心配してくれる家族や、近くに住む子育て中の親同士の交流、地域の子育て先輩などいろんな人との関わりの中で、子どもは育つし、親も親として育つのだと思うのです。
 
 最近読んだ本に、目からうろこがポロポロ落ちました。
 ゴリラ研究の世界的権威で京都大学総長の山極寿一氏の著書「ゴリラからの警告『人間社会のここがおかしい』」です。
 類人猿と人間との子育てを含めた生態の類似性と違いが載っていて、人間についてナルホド!という内容満載の本です。

 その中で、人間の赤ちゃんは、親にしがみつくこともできないほど未熟なまま生まれること、大きい脳を含め長い時間をかけて成長すること、離乳が早くて、母親はすぐに妊娠可能になることなどが挙げられています。
 人間は、戦略として「何人もの妊娠出産のための早い離乳、成長に長い時間をかける、子育ては親だけでなく周りの大人が関わって行う」を選んだ、だから家族と家族を含むコミュニティが必要になったのだと。

 人間の戦略として「長い時間と手間のかかる子育てのために、家族と家族を含むコミュニティを生み出した」という説明に、心から納得しました。
 子育てを親だけにさせてはいけないのです。
 虐待は、家族関係やコミュニティを壊してきた私たち社会全体が、起こしたことなのでした。