先日Eテレ「哲学者に聞く人生相談」を見ていたら、「働くことの意味について」問う相談がありました。
 「仕事は雑務ばかり、価値ややりがいが感じられない」と。

 若い人にはこんな気持ちを持つ人が多いだろうなあ。 
 価値のある仕事、やりがいのある仕事って、質問した人はどんなことをイメージしているのだろうか?
 やりがいを感じるのは、担当している仕事に対して? 担っている役割や責任に対して? 職場の人間関係も影響するかしら?
 ・・・・等々考えながら見ていました。

 その答えとして、アメリカの哲学者エリック・ホッファーの下記の言葉が披露されました。

 我々は“仕事は意義あるものである”という考えを捨てなければならない。
 仕事に大切なことは「自由」「運動」「閑暇」「収入」この4つの“適度な調和”である。

 エリック・ホッファーは、「沖仲士の哲学者」と呼ばれた人で、大学から教授として招かれても断り、生涯沖仲士という肉体労働を仕事として生活を営む一方、思索した人だったそうです。
 
 “仕事は意義あるものではない”と、きっぱりと言われると、ギョッとしますが、よく考えると、確かに真理を突いているのかもしれません。
 仕事の大半は昨日と似たことの繰り返しですし、明日からもずっと続きます。
 繰り返しの仕事の中で、毎日やりがいを感じられることは、なかなかありません。

 “仕事に大切なことは「自由」「運動」「閑暇」「収入」この4つの“適度な調和”である。”
 とは?
 誰かに強制されたり束縛されることなく、自分の考えや判断が加味できるいくばくかの自由度のある仕事で、適度に身体を使い、酷使されることなく休養もでき、暮らしていく収入があること、そのバランスが大事だということでしょうか。

 働く目的は、まず生きて行くため暮らしていくためであって、やりがいのためではないと思います。
 私たちの仕事の多くが、生きるためと実感できる「食べ物を生産する仕事」から遠くなっていることとつながっていることかもしれませんが、「雑務ばかり」とか「誰がしても同じ仕事だけ」とか、自分が担っている仕事を貶めている人もいます。
 この番組で相談した方もそんな方なのかもしれません。
 でも、どんな仕事であれ、誰かがしなくてはみんなが困る仕事のはずです。してもしなくてもよいのなら、仕事ではありません。

 ・・・特例子会社三越伊勢丹ソレイユで働いている重度の知的障がいのある従業員の方たちの仕事ぶりを思い出しました。
 この会社を訪問するたびに、働いておられる方々の仕事ぶりに私は惚れ惚れします。
 仕事は、百貨店のバックアップ作業で、商品を包装する時の飾りのリボン作りとか、伝票の押印とか仕分け、重い商品を入れるために袋を二重にするとか、実に様々な仕事があります。
毎日毎日繰り返しの仕事を、毎日毎日全く変わりなく丁寧に、しかも心地よさそうに仕上げていかれるのです。
 まさにやりがいを感じて仕事をしているお手本のような方たちです。
 この方たちのこれらの仕事があればこそ、店内で販売員の方たちがお客様対応にすべての時間を使うことができて売り上げアップに貢献しているのです。

 障がいのある人が働いている姿は、「働く」ことの意味を教えてくれます。