4月1日は、新しい年度の始まりです。
春分の日が過ぎ、日差しが強く温かくなり、野山にも道端にも黄緑色の新芽が一斉に芽吹き、薄ピンク色の桜が咲き、・・・など、気持も身体も弾むような情景をバックに、新1年生が大きな真新しいランドセルを背負って学校に行くという光景は、私たち日本人の春の原風景となっています。

 新1年生といえば、・・・
 小学生が、一人で、または子ども達だけで学校に行ったり、道で遊んでいたりという様子を見て、外国から来た人は「信じられない!」「危なくないのか?」と驚くそうです。
 私たちにとっては、当たり前と思っていることでも、外部の目から見るとビックリということは多いものですが、これもその中の一つ。
 それだけ日本の社会が安全だということなのでしょうが、住んでいる地域の中を、地域の小学校へ子どもだけで通学できないほど危険に満ちているという社会ってどんな社会なのか、日本に住んでいてはとうてい想像できません。

 子どもが育つ環境として「地域のきずなが薄れている」「子育てが家庭(親)だけの責任になっている」「もっと様々な人が関わる必要がある」ということを盛んに言われていますし、実際年々強く実感するようになっていますが、それでも、安全という子どもの育つ環境の最低条件については、日本はまだ大丈夫ということなのでしょう。

 “フィット県庁前”の放課後等デイサービスは、3年前“フィット馬出”の開所当初から、送迎をしていません。
 将来“はたらく大人”をめざすのであれば、公共交通機関を使いこなすことは当然であって、自立の一歩だと考えたのです。
 学校からフィットまで、そしてフィットから自宅までの移動に、公共交通機関を使い慣れると、休日の行動範囲も広くなり、自立の意識とふるまい方は格段に大人に近づくはずです。

 実際のところ、利用開始時は「1人で電車に乗ったことがない」という利用者さんが多いのですが、支援者が同行したりして少しずつ慣らしていきます。
 慣れてくると、わざわざ中洲川端で乗り換えてみたり、途中で降りて寄り道をしたというお話を聞くようになります。
得意そうですし自信も伺えます。
 1人で公共交通機関を使って行動できるようになることは、保護者の庇護のもとから、少しずつ自立していく時の大きな契機です。

 日本の社会が、こんな子ども達の自立へのチャレンジを、守ってあげられる社会のままでありますようにと切に願います。